「チャレンジする姿勢」と「謙虚」は、どうすれば両立できるのか?【篠田真貴子✕松田崇弥】

ふだん何気なく使っているいろんな「言葉」ーーその言葉の裏側にあるものについて素朴に、とことん哲学していく連載「HERALBONYと言葉哲学」がスタートしました。

この連載では、松田両代表が、ビジネス、アート、福祉、アカデミアなど多様な領域で活躍するオピニオンリーダーの皆様と、ヘラルボニーにとって大切な言葉を哲学し続けることで、80億の「異彩」がいきいきと活躍できる思考の輪を広げていきたいと思います。

今回は前回から引き続き、エール株式会社取締役の篠田真貴子さんと「謙虚」という言葉について哲学していきます。

前編はこちら >>「謙虚」と「卑下」はどう違う? 失敗した時にこそ大切にしたいこと【篠田真貴子✕松田崇弥】

無意識についている「なのに」を取り払うために

篠田真貴子さん(以下、篠田):前回は、「謙虚」という言葉には自分を客観的にフラットに捉える「メタ認知」が含まれているというお話をしましたが、ヘラルボニーさんが取り組まれていることって、本質的にとてもフラットだなと思いながら見ていました。

松田崇弥(以下、松田):ありがとうございます。はい、フラットな姿勢はずっと大切にしていることの一つです。

篠田:フラットなリスペクトっていうものを互いに持つことと、個人として謙虚であるっていうことは私の中では、ほぼセットなんです。勝手ながら、ヘラルボニーさんが手がけていらっしゃる事業領域って、それこそ伝統的な価値観でいうと、こんな言い方をするのは非常に残念なんですが、内と外でいくと社会の「外」というほうに位置づけられがちな方々に、普通にフラットに社会的・経済的な自立の機会を作ろうとしているわけじゃないですか。

これまでも「アウトサイダーアート」というものはありました。でも、ヘラルボニーさんがやろうとしていることは、それとは似ているようでまったく違う。というのも、これも表現が難しいですが、これまで障害のある方が手がけたアートには、どこか、「障害があるのに、こんなに素敵な作品が創れてすごい」という余計な雑音が入っていたのではないかと感じるんです。

松田:そのニュアンスは確実にありましたね。実際に「アウトサイダーアート展」「アールブリュット展」「障害者アート展」とは言うのに、「女性アート展」や「外国人アート展」とは絶対に言わない。そこにはやはり、障害者「なのに」頑張って描いた作品というニュアンスが入り込んでいる。どうしても「なのに」があるんです。

篠田:それに対して、ヘラルボニーさんの取り組みには、その従来的なニュアンスがまったくないのがすごいところです。ビジネスモデルも素晴らしいのですが、やっぱりそのフラットな捉え方が一番素晴らしいと思います。

「障害」の捉え方は本当に人によって多様ですが、あらゆる人を巻き込んで「素敵!」と共感を得られている。それはやはり、フラットな基本姿勢があるからではないでしょうか。

松田:そうおっしゃっていただいて本当に嬉しいです。アートとしてフラットに、そしてカジュアルに「素敵!」と共感されることにこだわるのには、実は理由がありまして。

僕、岩手県の人口1万人の町の出身なんです。地元の同級生の中に障害のある方をバカにする子が結構いました。そういう同級生たちが普通に「かっけえ!」と言ってくれるものって何だろうとずっと考えていたんです。でも、「福祉」と「アート」を掛け算しても、そうはならない。「福祉」はそもそも地元で人気がない職業ですし、「アート」といっても絵を買っている人なんて一人もいません。

一方で、ヴィトンの財布やレクサスの車にはめちゃくちゃ憧れがある。いわゆる「ブランド」には、地元の同級生も反応することを目の当たりにした時に、「ブランド」という傘の下に「福祉」と「アート」を包含させられたらいいんじゃないか、と考えました。それなら、地元の同級生にもきっと刺さる、と。

篠田:なるほど! そういう背景があられたんですね。

「価値を生み出してくださる存在」を決して置き去りにしない

篠田:今、おっしゃった「ブランド」という言葉や、よりカジュアルな形でたくさんの方に広めていこうという姿勢は、一般的には「誠実」や「謙虚」という言葉と乖離があるようにも思えますが、きっと松田さんの中では両者は繋がっている。そのあたりは、どのように考えていらっしゃいますか?

松田:例えば、一つひとつのものづくりに関して透明性高く進めていこうとか、作家さんへの報酬も透明性高く設計していこうとか、あらゆるプロセスをできるだけ誠実にやろうと努力はしています。作品やプロダクトを創っている人も、それを市場に届けるサプライヤーの方も、ヘラルボニーに関わるすべての人を搾取することなく幸せな形で事業を続けられる構造を絶えず模索している感じですね。

篠田:改めて、今バリューに掲げられている「誠実謙虚」という言葉は、社内ではどのようにして決められて、共有されているか教えていただいてもいいですか?

松田:実は、弊社のバリューの中で「誠実謙虚」はちょっと異色なんです。他は「挑んでいるか?」「未来をつくっているか?」「共に熱狂しているか?」など、いかにもスタートアップという感じのバリューが並んでいます。その3つを束ねるものとして「誠実謙虚」がある。

松田:スタートアップ的な「行くぞー!!!」という勢いのよさと、「誠実謙虚」という姿勢をいかに両立させていくか。この点に日々心を砕いています。

この先、ヘラルボニーがどのように成長しても、福祉の価値観を持った会社であり続けたいんです。今の社内の会話では、どうしても、いかにROI(投資利益率)を上げていくか、いかに売上を伸ばしていくかという話になりがちです。その中でヘラルボニーの事業が「障害」や「福祉」から離れていってしまうんじゃないかという恐怖感を僕自身、強く抱いています。

このまま事業を推し進めていけば、たくさんの方にヘラルボニーが受け入れられるようになるかもしれない。でも、その一方で福祉の人たちにとっては「自分たちは置いていかれてしまった……」と感じてしまうのではないか。それが不安で仕方がないというのが正直なところです。

そうならないために、「誠実謙虚」であることが僕自身の中でも、会社全体においても担保されていないと、目指している世界は実現し得ない。そう強く思ってバリューを束ねる言葉として置きました。

「障害」や「福祉」の方々がいなければ、ヘラルボニーは存在し得ないんです。僕を最初に講演会に呼んでくださったのも日本自閉症協会の皆様ですし。

篠田:まずは何よりも、障害者福祉に関わる皆さんに「誠実謙虚」でありたい、ということですね。

会社の会議であえて「数字以外の話」をする人でいる

篠田:「誠実」と「謙虚」だと、私にとっては「誠実」の方が難しい言葉だな、と常々感じていて。というのも、「誠実」を相手に対して使った場合、「期待」が入ってしまうな、と思うんです。「あなたは私に対して誠実なの?」と。なので、「誠実」という言葉を使う時は、何に対して誠実でありたいという願いなのか?という点がめちゃくちゃ大事だなと感じています。

松田:そうですね。繰り返しになりますが、ヘラルボニーに関しては、やっぱり福祉領域に対して誠実であってほしい。全社会議でも、僕はとにかく福祉の話を積極的にするように心がけてるんです。放っておくと、どうやって数字を伸ばすかといった話にばかりなるので(笑)。先週も障害者運動の歴史について話しました。

篠田:全社会議で代表がそういう話をなさるのは、本当にいいですね。

松田:このままいくと、社員もみんな障害者福祉のことを知らないまま組織が成長していってしまう。たぶん、みんな知らないですよね。障害者に関わる制度や法律がどんなふうに変わってきたかとか、その過程でどんな人が尽力したかとか。僕自身は家族に障害者がいたので、なおさら、そういうことを知ってほしいと思うんです。

ヘラルボニーの社員は福祉がやりたくて入社した方ばかりではありません。本当に多様なバックグラウンドを持った人材がこれだけいきいきと活躍してくれているのは素晴らしいと思います。でも、やっぱり僕らは作家さんに食わせていただいているんです。僕らがこうして今、ビジネスをやれているのも、障害者運動に携わってきた皆さんが導いてくださった結果ですし。

だから、多様な人材が一緒に働きながらも「福祉領域に対して誠実謙虚である」という共通言語を持ち続けていたい。僕自身もそうありたいと願っていますし、そうある会社が強いんじゃないかな、という仮説も自分の中にあります。

数字の向こうに「人」を感じること。それが「謙虚」のあり方

篠田:私自身も2020年に今の会社に参画し、まさに一人のスタートアップ経営者として毎日格闘している状況ですが、事業を成長させていく上でも「誠実謙虚」はとても大事だと感じています。

どんな業種であれ、スタートアップにとってはまずは「売上」ですが、「売上」も単なる抽象的な数字ではないですよね。自分たちが社会に具体的な価値を届けた結果が「売上」であって、「売上」が伸びるということは、価値を受け取って幸せになってくださった方の数が増えていくということです。したがって、基本的に「売上」が伸びることは、その途上に大きな間違いさえなければ、喜ぶ人が増えることと同義であるはずです。

ところが、「売上達成率X%」というふうに抽象度を上げすぎると、危うくなってくる。この「X%」は、誰の何の喜びなんでしたっけ?と。その点をしっかり押さえていることが「誠実謙虚」であるということなのかなと思います。それができていたら、「売上」はもう感謝でしかないですよね。「わかっていただけましたか!!!本当にありがとうございます!!!」ってなります。私自身も事業をやっていて日々そういう感じです。

松田:いやー、わかります。本当に感謝しかないです。

篠田:なので、本来、売上を伸ばして事業を成長させていくことと、「誠実謙虚」であることは両立するはずです。両立しない場合があるとすれば、それは「数字」の抽象度を上げすぎた時ではないでしょうか。

私、スタートアップ業界の人が使う言葉で許せないものがあるんです。それは「生け簀(いけす)」という言葉。「この額の広告を打てば、あっちの生け簀からこっちの生け簀にY%移せるよ」みたいな使われ方をするのですが、あの表現は本当に許せない。大嫌い。人を何だと思ってるの?と。自分たちが提供する価値の先にいる人たちを単なる数字として捉え続けた結果が、こうした表現を生むわけですよね。まさに「誠実謙虚」とは真逆の姿勢です。

松田:ひどい。でも、そういう表現、時々聞きますよね。

篠田:今だと、日経平均が史上最高値を更新していますが、株価が上がるのも、その向こうに人がいるからなんです。価値を生み出している人、その価値に幸せを感じてお財布を開けた人、いろんな人が関わってお金が増えている。お金は放っておいても増えません。「数字」という抽象的なものの向こうに、どれだけ解像度高く「人」の存在を感じられるか、それが「誠実謙虚」ということなのではないでしょうか。

使命に対して「誠実謙虚」。だから、絶えず挑戦する

松田:実は、「誠実謙虚」という言葉がヘラルボニーの社員の間で、共通理解を得られているかといえば、微妙なところもあるようで……。なかには、「誠実謙虚であれ」と言われると、どこまでも自分が我慢しなくてはいけないような気がして疲れるという声もあります。

でも、先ほど篠田さんがおっしゃられた、数字の向こうにいるお客様や作家さんのことをいつでも解像度高く考える姿勢が「誠実謙虚」なんだというのはとてもわかりやすくて、いいな、と思いました。

篠田:そうですね、お客さんや作家さんから見た自分たちが何者なのか?というところに意識が向くと、自然とお互いに尊敬の念を持ちながらお付き合いができるようになりますよね。きっと今すでにそうなさっているんだと思うんですが、さらにそれが積み上がっていくんだなと感じました。

ここまでいろんなお話をしてきましたが、改めて、私、「謙虚」という言葉がすごく好きです。謙虚でありたいと思いますね。

ヘラルボニーも、エールも、ベンチャーですから、私たちは常にチャレンジですし、身の丈にあったことをやりましょうということとは違う姿勢でビジネスをやっている。でも、リスクを取って挑戦することと、謙虚であることは一見矛盾するようで、実はつながっていると思うんです。

ベンチャーには、使命があります。ヘラルボニーさんなら「異彩を、放て。」、エールなら「聴き合う組織を作る」がミッション(使命)です。その使命に対して「謙虚」でありたいという感じでしょうか。使命を果たそうと思ったら、やっぱり事業が小さくてはダメなんです。関与する人を増やして事業を成長させていかなければ、使命を果たせない。

一度決めた使命に対して「誠実謙虚」であろうとすれば、それはもうチャレンジし続けるしかない。でなければ、使命に申し訳ない。

松田:使命に申し訳ない(笑)。いやあ、本当にそうですね。

松田崇弥と篠田真貴子さんによる「謙虚」をめぐる哲学トーク、いかがでしたか? 私たちHERALBONYは、「障害のイメージを変える」という使命に向かって、これまでもこれからも、この「謙虚」という言葉を大切にしていきたいと考えています。次回は小山薫堂さんと「誠実」という言葉について哲学していきます。

編集:海野 優子(ヘラルボニー)
文:まるプロ
写真:面川 雄大