「アイデア」と「企み」は似て非なる言葉 誠実な企画とは何か【小山薫堂✕松田崇弥】

 ふだん何気なく使っているいろんな「言葉」ーーその言葉の裏側にあるものについて素朴に、とことん哲学していく連載「HERALBONYと言葉哲学」。

これまで言葉に埋め込まれたさまざまな「先入観」と向き合い、アップデートしてきたヘラルボニー。この連載では、松田両代表をはじめとするヘラルボニーのメンバーが、ビジネス、アート、福祉、アカデミアなど多様な領域で活躍するオピニオンリーダーの皆様と、「言葉の哲学」を紡ぐことで、言葉の呪縛を解き放ち、80億の「異彩」がいきいきと活躍できる思考の輪を広げていきたいと思います。

第2回は、株式会社オレンジ・アンド・パートナーズ代表取締役社長 兼 N35 inc代表の小山薫堂さんと「誠実」という言葉について哲学していきます。

人を疑わずに信じられる「無垢さ」が崇弥の魅力

ーー小山薫堂さんは、弊社代表の松田崇弥にとって大学時代の恩師であり、新卒で入社した会社の社長でもあり、現在もヘラルボニーのアドバイザーとして重要な助言を日々いただいている間柄です。

ヘラルボニーが創業以来、大切にしてきた「誠実謙虚」の姿勢も、実は小山薫堂さんとの関わりを通じて培われてきたものだと伺っています。

松田崇弥(以下、松田):そうですね。前回、篠田真貴子さんとの対談でもお話しさせていただきましたが、ヘラルボニーがバリュー(行動指針)として掲げている「誠実謙虚」は、元を辿れば、私が社会人1年目に小山薫堂さんからいただいた言葉から生まれています。僕は今でもそのメールの文面をお守りのようにとても大切にしていて、時々読み返すこともあるのですが、薫堂さん、覚えていらっしゃいますか?(笑)

小山薫堂(以下、小山):そのメールのことは今でもよく覚えています。いつどうやって書いたかまで鮮明に。

崇弥へ、

就職してみて、どうでしょう?
社会に出てみて、どうでしょう?
企画構想学科で学んだことは
何かの役に立っているでしょうか?

若い頃は、うまくできる、できない・・・
という以前に
それをどれだけ命がけでやっているか・・・
が、評価の対象になります。
その点、今の君はとても頑張っていると思います。

あらゆる人に気を配り、
誰よりも謙虚な人になりなさい。
謙虚である限り、
周囲の人たちが、
たくさんの知恵やヒントを与えてくれます。
手助けをしてくれます。
今の君は十分に謙虚です。
その姿勢を忘れることなく、
もっともっと熱量のある仕事をしてください。

我がゼミ生、一番の出世頭になってください。
期待しています。

小山薫堂

松田:このメールをいただいたのは、社会人1年目、23歳の元日でした。新卒で薫堂さんの会社「オレンジ・アンド・パートナーズ」に入社し「ここまで自分は仕事ができないのか…」と打ちのめされるばかりで、厳しい日々を過ごしていた頃です。新年に、仕事ができないなりにも全力でがんばりたいという決意を薫堂さんに伝えたメールの返信としていただいたメッセージです。

小山:当時の崇弥はひと言でいえば、「バカ」だった(笑)。でも、みんなにすごく愛されるんです、彼は。 とにかく一つ一つ一生懸命に突き進むところがあるから。

「バカ」って言っちゃったけど、もう少し正確に伝えると、当時から崇弥は「無垢」なんですね。彼は人の言葉をまっすぐに信じて突き進んでいくんです。例えば、社会人になる時に崇弥から「どこに住めばいいですか?」と聞かれた僕は「せっかく東京という大都会に暮らすなら、部屋が多少広くなるからという理由で中途半端な郊外に住むな。職場まで歩いていけて、仕事が終わったらすぐに遊びに行ける都心に住んだ方が絶対にいいよ」とアドバイスしたんです。

そして「ちなみに僕は大学時代この六本木のマンションに住んでいたんだよ」と話すと、崇弥はすぐにそこに引っ越して(笑)。めちゃくちゃ狭くて13平米くらいしかない部屋に、男友達と二人で住んでいたの。

松田:13平米くらいなので、5畳ですね。そしてキッチンなし(笑)。

小山:そんなふうに人をまったく疑うことなく、行動に移していくところ。そこが「無垢」で彼のいいところだし、今のヘラルボニーの会社のあり方にもどこか通じるところがあるように感じますね。

誠実の基本は「自分に嘘をつかないこと」

小山:今日は、崇弥と「誠実」という言葉について考えていくわけですが、やっぱりメール文面にもある「どれだけ命がけでやっているか」が「誠実」ということだと僕は思うんです。

「誠実」って、嘘をつかないということですよね。僕にとって一番の誠実は、自分に嘘をつかないということです。自分の中で手を抜かない。自分の力を100%に近い形で振り絞ることが「誠実」というものなんじゃないかな、と。締切を守り、要件を満たし、指示に従い、いくら「誠実」そうなポーズをとっていても、どこか自分では納得がいっていなかったり、「この程度で仕方ないか」と心のどこかで妥協していたりしたら、それは「誠実」ではないのだと思います。

松田:誠実とは、どれだけ命がけでやっているか。本当にその通りですね。それは個人でも、会社でも、たぶん同じです。例えば、会社として「これは売れるだろう」とか「お金になるだろう」とか、そういうふうに考えながらビジネスをやるのって「誠実」じゃないと思うんです。

僕らは本気で「80億人の異彩がありのままに生きる社会」を実現するためにやっているわけだから、「売れるだろう」「儲かるだろう」というのは、いわば下心なんですね。そういう下心は、ファンであるお客さんにも、それ以外の関わる方にも透けて見えてしまう。

感覚的には、誠実になりきれていない時は、どこか「長い物に巻かれている感じ」がするんです。「売上を伸ばしたい」「ブランド価値を上げたい」「有名になりたい」そういう方向に引っ張られて、本来あるべきところからズレていってしまう。これまで過去に手痛い失敗もしてきて、やはり改めて自分たちが目指す方向性に対して「誠実」でありたいなと思っています。

ヘラルボニーの離職率が異常なほど低い理由

小山:うん、でも実際ヘラルボニーという会社は、みんな一生懸命に、まさに「誠実」にやってる会社だと思いますよ。だって、会議をするたびに社内に「いい人間」が増えていくのがわかるから。それはまさに、会社の「誠実」な姿勢に人が惹かれている証でしょう。

ヘラルボニーに入社される人の中には、前職で立派な会社に勤めていたり、立派な肩書きで活躍されていたりする方も結構いるんです。そういう人材を常に惹きつけられているのも、やっぱり会社として「誠実」だからじゃないかな。

松田:そうですねえ、こんなに素晴らしい人材が集まってきてくださって本当にありがたいなあといつも感謝しています。今は社員60名ほどのまだまだ小さな会社。でも、実はここ5年くらいの間に会社を辞めた人はたった2人しかいないんです。他の経営者の方からも「その離職率は低すぎる、ありえない」と驚かれます。

小山:その離職率はすごい(笑)。

人を採用したら、すぐに結果が出せる人と出せない人がいますよね。すごく「デキる風」で入社してきたものの、実際に仕事をしてみると期待ほどはデキなかったり。それをどのくらい待てるか、あるいは信じられるかが、会社の資質をはかる一つの基準にもなるのかなと考えています。

その意味では、ヘラルボニーで働いている人たちはみんな「誠実」です。いつでも精一杯がんばってる。だから経営者として腹が立つこともないでしょう。

松田:それはまったくないですね。

小山:僕自身も、相手が「仕事がデキないから」という理由で腹を立てることはないんです。どこか手を抜いていたり、努力の閾値が低かったりしている相手に対して腹が立つ。命がけでやってないじゃん。つまり「誠実」じゃないということですね。

松田:もうひとつ腹が立たない理由のひとつとして、僕自身が全社員に対して疑いようのない尊敬がある、という点もあるかもしれません。自分なんかよりも素晴らしいご経歴をお持ちの方ばかりなので。

小山:僕、いわゆる学歴はあまり気にしていないんですけど、東大に進学した人って、やっぱり受験に向き合っていた時に命がけで頑張ってクリアした人が多いと思うんです。

今の時代に合ってないかもしれませんが、「起きている時間はそのことしか考えない」とかそういう姿勢、「一つのことをどれだけ長時間考え続けたか」ということが、どうしてもの差になって明確に現れてくるわけですから。それは「誠実」にも繋がるのではないでしょうか。

その意味では、人はいつからでも「誠実」になれるのだと思います。なろうと思えば、今日からでも。会社も同じです。

誠実な企画とは「誕生日プレゼント」である

ーー薫堂さんは、1980年代から常に第一線で「企画者」としてご活躍されていますが、誠実な企画とそうでない企画の違いはどのように考えられていますか?

小山:これは僕が普段からよく言っていることなのですが、企画とはサービスであり、サービスとは思いやりである、ということです。つまり、どれだけその人のことを強く思っているか、が大事。余計な「企み」が紛れ込んでいないとも言い換えられるかもしれません。

「アイデア」と「企み」って似て非なる言葉です。「企み」という言葉にはどこか私利私欲が入ってくる感じがします。そうではなく、私利私欲を排除して、純粋にその人のことを想って生み出されたアイデアが「誠実な企画」なんじゃないかな。僕は常にそう思いながらこれまでいろんな企画を考えてきました。

具体的に言えば、企画とは「誕生日プレゼント」なんです。人生における最初の企画は、子どもがお母さんやお父さんの笑顔を見たくて、どうやって喜ばせようかと一生懸命考えること。誰しもにそういうピュアな企画を考えた経験はあるはずです。見返りを期待しない無償の愛ですね。

松田:薫堂さんっていつも人を喜ばせるためにいろんな企画を考えてくださるんです。誰かとの食事会や誕生日のお祝いで、ちょっと思いつかないような素敵なアレンジを毎回なさる。あのピュアな企画力は、本当にすごいな、といつも驚かされます。仕事を取るための「接待」としてやる人は世の中にたくさんいますが、決してそうじゃない。ただ、純粋に、全力で目の前の人を喜ばそうとする。薫堂さんの企画力にはそれを感じます。

この名刺、薫堂さん覚えていらっしゃいますか?

小山:もちろん。

松田:薫堂さんの書が裏側に書かれているこの名刺。「◯/100」と印刷されていますが、これは「自分の人生を変えてくれるかな」と思った人100人にだけこの名刺を渡しなさいということなんです。94枚は配って、今も残りの6枚は大切に持っています。

小山:これも言ってみれば「企画の力」なんですよね。

はじめて名刺を渡すことを意識しはじめたとき、人と会う度に「もしかしたらこの人は自分の人生に大きな影響を与えてくれるひとりになるかもしれない」という視点で考え、ひとつひとつの出会いを大切にしていってほしいという願いを込めた企画です。

「自分たちの都合」を言い訳にしない

小山:改めて、ヘラルボニーにとっての「誠実」ってどういうふうに考えているの?

松田:そうですね、すべてにおいて「見渡せる状態」であること、でしょうか。社員にとっても、作家さんにとっても、プロダクトの生産者にとっても、お客様にとっても、関わる人みんながヘラルボニーに関する情報を見渡せるようにしていきたいですね。

でも、「見渡せる状態」というのは、近年よく言われる「企業としての透明性」とは少し違います。例えば、製品を作ってくださっている方やアート作品を手がけてくださっている作家さんのことを、社員一人一人がよく知っていて、その方のバックグラウンドや人としての魅力を具体的に語ることができるような状態にしたい。それが僕の考える「見渡せる状態」です。「人の温もりが感じられる透明性」を目指していきたいし、それがブランドとしての「誠実さ」になっていくのかなと考えています。

異彩作家・高田祐の「迷路」のネクタイをまとってくださった薫堂さん。(完売品)

小山:僕がヘラルボニーに求める「誠実さ」を言葉にするなら、「都合を言い訳にしない」ということかな。例えば、「本当はこういうカットで洋服を作りたいんだけど、こうした方が生産コストが安くなるから」とか、「こういう新製品を作りたいんだけど、実現にはものすごくたくさんハードルがあるから妥協しちゃう」とか。そういうのって全部、作り手側の「都合」に過ぎない。

どんなにハードルがあっても、それが心底「いい」と思うなら、絶対に作った方がいい。その手間で多少コストが上がり価格が高くなろうが、ファンから愛されるようなものであれば、きっとビジネスとして成立するはずですから。そういう物作りをする会社であって欲しいな、と思います。

松田:まさにそういう葛藤を抱えながら日々ヘラルボニーは動いていますが、今後確実に世界はその方向に進んでいくだろうと感じています。むしろ、その流れを「楽しい!」と感じながら仕事に取り組み続けることができれば、きっと会社としての成長も後からついてくるだろうと信じています。

織の高級感が魅せる特別なネクタイ

小山薫堂さん、松田崇弥がまとうアートネクタイは、老舗紳士洋品店「銀座田屋」とのコラボレーションに生まれました。アートはプリントではなく、一つひとつ繊細な織で表現されています。繊細かつ上品な光沢を可能にしているのは職人によるシルクの織りの技術です。特別なアートネクタイを、晴れの日を迎えるご自身へ、また大切な方への特別なプレゼントとしてぜひ迎え入れてください。

 

HERALBONYのアートネクタイをチェック