一番大事なのは、障害者の権利ではなくフラットな心だ。【岸田奈美インタビュー|前編】

ヘラルボニーを応援してくださっている方々に話を聞きにいく連載「HERALBONY&PEOPLE」。この連載では、普段からヘラルボニーの活動やビジネスに共鳴してくださっているあらゆるジャンルの皆さんにインタビューをしていきます。アート・ビジネス・デザイン・福祉・文化、さまざまな領域で「異彩」を放つ皆さんにとって「ヘラルボニーとはどのような存在なのか」を伺います。

第2回は、ダウン症の弟さんや車椅子生活のお母様との日々を綴った『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった(小学館)』の著者・岸田奈美(きしだ・なみ)さんが登場。前後編の2本立てでお送りします。

岸田さんとヘラルボニー

岸田さんとヘラルボニーとは、切っても切り離せない深いつながりがあります。岸田さんが初めてヘラルボニーのことをnoteにしたためてくださったのが2020年7月のこと。

 

翌年は、岸田さんのメディア出演時の制服となるブラウスをヘラルボニーがプロデュースさせていただき、一般のお客様向けに商品化も実現しました。そのブラウスに起用された作品は、作家・工藤みどりの「(無題)(青)」。このアートは、現在公開中の「HERALBONY BUDDY WEEK」特設サイトのキービジュアルにもなっています。

 

今回も、制服となる青の異彩アートブラウスを纏って取材に答えてくださった岸田さん。3月21日「世界ダウン症の日」と4月2日「世界自閉症啓発デー」を記念して、私たちはこれらの啓蒙デーを今後どう活かしていけば良いのか?など、2024年現在の「障害」を取り巻く様々な疑問をぶつけてみました。

障害コミュニティにあまり参加したことがなかったワケ

ーーヘラルボニーでは、2022年から、3月21日「世界ダウン症の日」と4月2日「世界自閉症啓発デー」の間の期間を「HERALBONY BUDDY WEEK」と定め、異彩と出会い、つながる様々なイベントや企画を続けてきました。

岸田さんは、国連が制定した「世界ダウン症の日」や「世界自閉症啓発デー」をどのように捉えていらっしゃいますか?

岸田奈美さん(以下、岸田):正直、あまり意識したことがなくて。でも2年前の「世界ダウン症の日」に新聞広告を出してからは、「ダウン症の日に何かやる人」という感じになってしまって(笑)。それからは毎年何かしら新しい取り組みをしています。

2020年12月に、私が車椅子の母のために足を使わず手だけで運転できるボルボの車をプレゼントしたという記事をnoteに書いたんです。すると、全国の人からたくさん応援の声が届いて。「何かせずにはいられない!」と投げ銭をずいぶんいただきました。

でも、もう車自体は買っちゃったし(笑)。私の貯金はほとんどなくなってしまったけど、いただいたお金を貯金の足しにするのは「何か違うよね」と感じて、結局、そのお金で「世界ダウン症の日」に新聞広告を出すことにしたんです。うちの弟はダウン症で子どもの頃、新幹線やバスになかなか乗れなかったので、父がボルボでディズニーランドに連れていってくれたことがありました。その思い出を添えて、当時のボルボと家族が一緒に写った写真を掲載しました。

実はそれまで「ダウン症の日」というものがあることも知りませんでした。以前から「障害者週間」などがあることは知っていましたし、その期間はいろんな集まりやイベントが開かれていたと思います。でも、あまり行ったことがなくて。

弟が小さい頃は、母もダウン症の子どもを持つ親の会などによく参加していたんです。当時は、今と違ってとても狭いコミュニティだったので、その中でもお母さん同士のいろんな競争があって。例えば、「うちの子はあの子に比べればしゃべれるようになってるな」と心の中で安心する、みたいな。

その時、強く感じたのは、障害のある人の中でみんなが仲良くやっているかといえば、実はそうでもないということ。障害のある人の間でも優劣や順番はあって、善い人もいれば、悪い人もいる。そういう現実を知っていたこともあり、あまり障害のある人の集まりには参加していませんでした。
撮影協力:コクヨ株式会社 東京品川オフィス「THE CAMPUS」

「世界ダウン症の日」は、未来に目を向ける日

ーー「障害者」という一つのカテゴリーで簡単に括れないでしょう、ってことですね。一人ひとりと接していくと、全然違う、と。

岸田:そうそう、まさに。

それが、2年前の「世界ダウン症の日」をきっかけに、日本ダウン症協会さんとのご縁が深まり、いろいろな取り組みをご一緒するようになりました。

私の著書『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)がドラマ化された時には、ダウン症の俳優・吉田葵くんがうちの弟役に選ばれたんですけど、その際も日本ダウン症協会さんにはとてもお世話になりまして。

というのも、ダウン症の役者さんにはこれまでオーディションの機会がほとんどなかったんです。日本では、そもそも知的障害のある人たちがスクリーンやテレビ画面に出てくることがないから。海外では、ザック・ゴッツァーゲンというダウン症の俳優がアカデミー賞のプレゼンターを務めていたりして、知的障害のある人の起用が早くから進んでいました。

そこで、日本ダウン症協会の方々がネットワークを駆使して、候補を集めオーディションをしてくださったんです。最終選考に残った子たちが、グループホームで弟と一緒に暮らす友達として出演してくださったり。それがすごくよかったです。

そういう流れを経験した時に改めて、ダウン症にまつわるコミュニティがあり、啓発デーをはじめいろいろな取り組みを続けてきたからこそ、これだけたくさんの人が集まり、ダウン症の俳優さんがテレビでデビューするという展開も起きえたんだな、と思いました。葵くんなんて、今やダウン症の日本代表としてニューヨークに渡り、国連でスピーチするまでになっています。

私の弟が子どもの頃は、本当に情報がなかったので、とにかく家族はみんな不安だったと思います。どうやって将来一人暮らしをするのかも、まったく想像がつかなくて。だからこそ、親は「うちの子はあの子よりは成長してる」と小さな差に目をつけては安心しようとしていたのかな、と。

でも、今は、葵くんがテレビデビューしたり、最終選考に残った子たちがその後「チョコレートドーナツ」というダウン症を描いた作品の舞台で演技をすることになったり、明るい「未来」が見えるようになっている。そういう「未来」に目を向けるのが「世界ダウン症の日」なのかな、と思います。

知れば知るほどぼやけていく「障害」の輪郭

岸田:とはいえ、やっぱり私にとって弟はどこまでいっても「弟」なんです。「ダウン症の子」と思ったことがなくて。私自身、普段からいろいろな人からダウン症に関する相談を受けるんです。あるいは、ダウン症の弟を「ダウン症の子って可愛いよね。嘘つかないし天使みたい!」と褒められることも。でも、相談されても「そんなのわからない!」というのが正直なところだし、うちの弟はダウン症だけど嘘つくし(笑)。「ダウン症」とひと括りにすることはどうしてもできない。

見てないことについては何も言えないです。私にとっては、あくまで弟であり葵くんなんです。葵くんはダンスもできるし、台本も覚えられるし、役を通してどんどんしゃべれるようになって成長していきましたし、すごく体力があってあまり寝てなくても朝の3時に起きてロケに行けちゃったり。「そんな子いるんだ!」と驚きましたから、やっぱり「ダウン症」とひと括りにできないですよね。

また、俳優の子たちの間でも「自分よりあの子の方が出演回数が多い」と悔しがって泣いてる子もいたりします。それを知って「そんな競争心があったんだ!!!」とすごく驚きました。

そんなふうに一人ひとりの成長や意外性を知れば知るほど、「ダウン症の子ってこうだよね」「自閉症の子ってこうだよね」って言えなくなってしまいました。知れば知るほど、「ダウン症」や「自閉症」の輪郭がぼやけていく感じです。

「障害者の権利」うんぬんではなく、ただただフラットに

岸田:こういう変遷があったので、ヘラルボニー代表の松田兄弟に出会った時は本当に衝撃で。彼らは「障害者のアートって素晴らしいんですよ」なんて、全然言わない。もう作品自体がただただめちゃくちゃよくて、あくまでそこが「入口」になっています。その点がとにかくすごいな、と衝撃を受けました。

松田兄弟は、普段から障害者の人に対する姿勢がものすごくフラット。私は家族以外の人と話す時、どうしても相手から嫌われたくないと思っちゃうんです。それは小学生の時から今もずっとあって。知的障害のある人たちに対してもそうで、例えば相手の言葉が聞き取りづらかった時に、「聞き返していいのかな?」と迷っちゃう。他にも「子どもに話しかけるように、簡単な言葉で話したら悪いかな」とか、「本人からどうしても聞き取れない時は隣の親御さんを頼っちゃってもいいのかな」とか。「これで合ってるのかな?」「傷つけていないかな?」とすごくドキドキして不安になってしまいます。

それに対して、松田兄弟は作家さんに対して何も気を遣わずに、普通に接しているんです。その距離感が、友達でも、他人でも、ビジネスパートナーでもない、絶妙な感じで。

例えば、本(『もうあかんわ日記(ライツ社)』)を出す時に装画としてヘラルボニーの作家さんの作品を使わせていただく機会がありました。そこにはある動物が描かれていて、私が「これ、猫ですか?犬ですか?」と聞くと、松田兄弟は「犬です」って答えたんです。でも、次にお会いした時には「猫です」と。これは作家さんによると、日によって犬になったり猫になったりする作品なんですね。それを松田兄弟はウケ狙いでも何でもなく、完全にフラットに受け止めているところがすごいな、と。普通ツッコミたくなりますが、ツッコまない。あるがままに「面白いね」と受け取る。なかなかできないです。

つまり、異彩作家さんを、変に持ち上げて褒めるでもなく、子どもに接するように上から褒めるでもなく、相手と同じ目線に立って同じように喜んでいる。その様子を見て、松田さんたちは障害者がどうとか関係なく、ただその人の作品と人柄を見ているんだということが伝わり、「この人たちがやることは間違いないよね」と思いました。

障害者の権利がどうとか、社会を変えなきゃとか、そういうのじゃなくて、純粋に自分たちが「イケてる」と感じる方向に進んでいく。そのスタンスが、松田兄弟をはじめヘラルボニー全体で貫かれてるな、って感じます。

啓発デーをよりよい日にしていくためにできること

ーー世の中のたくさんの人に「世界ダウン症の日」や「世界自閉症啓発デー」に興味を持ってもらうにはどうすればいいのだろう?と考えています。

岸田:やっぱり、続けていくことが大切なんじゃないかと。続けていれば、毎年毎年、ちょっとずつ「こんな人たちがいるんだ」と新たに知る人が増えていきます。

特に自閉症等に関しては、ご家族がしんどい思いをされているケースが多いと思います。なので、「世界ダウン症の日」や「世界自閉症啓発デー」は、ご家族や施設の職員さん、あるいはヘルパーさんなどのための日でもあるんじゃないかなと考えています。

後編では、福祉施設の職員さんに必要なクリエイティビティについてや、障害のある人やその周りにいる人たちが私たちに教えてくれる人生のヒントなど、岸田さんならではの新しい視点が飛び出します。

 



取材/撮影協力:コクヨ株式会社 東京品川オフィス「THE CAMPUS
編集:海野 優子(ヘラルボニー)
文:まるプロ
写真:面川 雄大